小さな勝利



朝から降っていた雨は、午後には止み、代わりに濡れたアスファルトの匂いが
街を包んでいた。

私は午前中いっぱいを使って、調査報告書の最終チェックを行っていた。
資料の抜けがないか、日付の整合性は取れているか、
記録された証拠写真に説明の行き違いはないか
――集中力を切らさぬよう、神経を研ぎ澄ませながらページをめくっていく。
探偵の仕事は、目立たないけれど、こうした「確認」の積み重ねで成り立っている。

午後2時。梶法律事務所にて、最終報告の打ち合わせ。
報告書をテーブルに広げながら、私は一つひとつの調査結果を丁寧に説明した。
数字のズレ、社内関係者の証言、搬出記録の矛盾、防犯カメラの記録の欠落。
どれも単体では決定打にならないが、すべてを並べると、会社側の不正の構図が
明らかになってくる。

梶先生は、黙ってページを追いながら、何度も頷いた。やがて、静かに言った。
「……これで、法的に動けます。彼女の勇気が、ちゃんと意味を持てますね」

私は、胸の奥で何かがふっと軽くなるのを感じた。
何日にもわたる地道な作業が、確かに実を結んだ瞬間だった。

一息ついたあと、梶先生が笑顔で言った。
「甘いものでもいかがですか。あの喫茶アンダンテ、今日はプリンがあるはずです」

私たちは歩いてその店へ向かった。
雨上がりの空気が少し肌に冷たかったけれど、胸の奥には温かさがあった。

喫茶アンダンテのプリンは、昔ながらの固めタイプ。
カラメルが少しだけ焦げていて、ほろ苦さと甘さが絶妙だった。

私はスプーンを口に運びながら、ほっと笑った。
「このくらいの“ご褒美”がちょうどいいですね」
梶先生も微笑みながら、「探偵さんの功労賞です」と言ってくれた。
その言葉が、何よりも嬉しかった。

私は直接、人を裁くわけでも、誰かの人生を決定づけるわけでもない。
ただ、真実に手を伸ばす人のそばにいて、支える。それが、私という存在の役割だ。

帰り道、傘もいらないほどの細い雨が降っていた。
街は静かで、歩道の水たまりに街灯が揺れていた。

「またお願いしてもいいですか?」と、別れ際に梶先生が言った。

私は頷いて答えた。

「もちろん。戦う人のそばに、私はいますから」

背筋を伸ばして歩きながら、私は心の中で静かに思った――
これは“勝ち”ではない。でも、確かに“意味のある一歩”だった。





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