小さな矛盾の積み重ね朝8時半。 空気はまだ冷たく、ビルの隙間から差し込む日差しが地面に長い影を落としていた。 私は調査対象である企業の周囲を歩きながら、社員たちの出入りの様子を観察していた。 表向きは清潔感のあるオフィスビル。 受付の対応も丁寧で、外見だけなら何の問題もない会社に見える。 しかし、告発者の証言と突き合わせると、少しずつ気になる点が浮かんでくる。 まず、朝の通勤時刻に不自然なばらつきがある。 9時始業のはずが、8時15分に来る人もいれば、9時半に慌てて入ってくる社員も。 これは就業規則と実態にズレがある証拠だ。 そして、午後の出入りも頻繁すぎる。 営業職ならまだしも、経理部門の社員までが頻繁に外へ出ているのは妙だった。 私は建物の隣にある小さな喫茶店に入り、店主と雑談を装って話を聞いた。 20年来この店をやっているという初老の男性は、 「あの会社ね、去年の夏頃から人の出入りがバタバタしてるよ。 社長が変わってから、空気もピリピリしてるみたい」とぽつり。 私はその言葉を心の中で反芻した。 午後には、防犯カメラの設置状況や搬出入の業者の動きも調査した。 物流記録に記された時間と実際の目撃証言に食い違いがある ――小さな矛盾だが、こういう断片が積み重なって全体の構造を浮かび上がらせるのが、 私たちの仕事だ。 夕方、梶先生の事務所で調査報告を行った。 彼は資料を手にしながら、ひとつひとつ私の観察に頷いていく。 「やっぱり、目に見えないゆるみが各所に出ている。組織の空気が崩れている証拠です」 私が「見えていないはずのヒビ」に気づき、彼がそれを法的に組み立てていく ――この呼吸の合ったやり取りに、静かな充実感を覚えた。 |